


あの夏の日に見た遠い国から渡ってきた蝶たち。海をこえ山をこえ風にのってふわりふわり。ここは絶好のお食事ポイントらしく、そこでスケッチブックを構えていればモデルがどんどん飛んで来る。あまりに無防備な姿にふと手を伸ばす。簡単に捉えられるそのゆるさに驚く。こんなことで長旅は大丈夫なのかと心配になる。日に透けるその浅黄色の羽は天女の羽衣か妖精の羽か。儚げに見えるところがきっと彼らのしたたかな戦略。

その毛むくじゃらの丸い蕾はやはり毛むくじゃらの細い茎をくねくねと好き勝手な方向に伸ばし時を待っている。そしてその時がくるとパンと弾け、シフォンのようなそれはそれは鮮やかな花びらをあふれさせる。なんて素敵なドレスで踊るのだろう、君たちは。

このほんのり上気したようなピンクは英雄テセウスに恋し、難題を解く方法を教えて彼を助けた可憐な乙女アリアドネ。
キラキラと光沢のある花びらが陽光に踊り美しさに見惚れる。
連れて逃げてくれる約束を反故にされて置いてきぼりにされた彼女を酒の神様でもあるバッカスがお嫁さんにする。太った酔っ払いおじさんとして描かれることが多いバッカスだけど、賢い彼女は案外幸せに暮らしてたかもね。楽しくお酒のんでほんのり頬染めて。

冬の寒さが和らぎ、日差しにぬくもりが感じられるころ丸っこい固い芽がぽこぽこと頭をもたげる。日差しの暖かさが増すごとににょきにょきと葉が伸びて大事そうに蕾を抱える。
この花が開くのははるのはじまり。さわやかな香りをあたりに振りまいて。

梅雨入り間近のころこの花は純白の花びらをそっと開く。そのとたん甘い芳香が辺りに立ち込めちいさな蜂たちが集まりだす。ぶんぶんレストランの開店だ。薔薇の甘い香りと眠気を誘う蜜蜂の羽音。夏はもうすぐ。
